マレ地区を歩こう

「パリに行く時の必需品、パリ・ミュージアム・パス」  入館可能な美術館やお城や宮殿の数は約60ヵ所。 このブログはパリ・ミュージアム・パスを使って入ることのできる施設のことなどについてのお話です。

マレ地区(Le Marais)はパリの歴史的地域で貴族が居住した地域であり、歴史・建築的重要性の高い多くの優れた建造物がある一方、パリの中でも特にオシャレな街として、散歩やショッピングには実に楽しい場所です。詳しくはネットの中のマレ地区の案内やブログに譲りますが、ここではまず美術館から。

「ピカソ美術館」はその名のとおり画家パブロ・ピカソの作品を収蔵・展示している美術館で、その収蔵品はピカソの遺族が相続税として物納した作品が中心となっており、1973年に死去したピカソが最後まで手元に留めていた貴重なものが多いのです。

この美術館の建物はルイ14世の時代にある塩税徴収官が建てた館で、「オテル・サレ(塩の館)」と呼ばれた邸宅で、そのつくりを生かし、一室ごとに時代やテーマで展示され、年代を追って鑑賞できるように順路が示されていて、「青の時代」を展示した2階の大部屋にはじまり、1階、彫刻が立ち並ぶ庭、地下、そして中庭へつつきます。

長寿の上に天才芸術家ピカソは驚くほど多くの作品を残しました。そのためピカソ美術館という名の美術館はパリを含めヨーロッパに11ヵ所も有ります。最近でも義理の娘が所蔵するピカソの作品を展示する美術館を、エクス・アン・プロヴァンスにまたもオープンする企画があったのですがこれは頓挫した程で、未だに知られざる作品も残っています。その中でも所蔵作品数が最大のパリのピカソ美術館は是非一度訪れてください。

ピカソ美術館を見終わって5分ほど南に歩くと「カルナヴァレ美術館」があります。ここも邸宅美術館ですが、残念ながらここはパリ・ミュージアム・パスでは入れないのです。それはパリ市立歴史博物館という異名もあることからパリ市立だからですが、しかしパリに関することが網羅された美術館(博物館とも言える)なので敢えてご紹介をしておきます。

コロナ前から長く改修に入っていたのですが、2021年に再びオープンし、現パリ市長アンヌ・イダルゴは自らの手で改修・再オープンを行ったことでパリの歴史に名を残しました。ところでどうしてこのカルナヴァレと言う名前となったのかですが、1572年にこの邸宅を購入したケルヌヴノワ夫人の名に由来するとされています。

先史時代から現代までのパリの歴史を辿ることができ、とりわけ、ナポレオン3世の時代、セーヌ県知事オスマン男爵によるパリ大改造工事で、その多くが取り壊されてしまった時代の邸宅の内装を見せる、およそ30室からなる「時代の部屋」が見所となっています。

この美術館には、古い看板や貴重な家具調度類、装飾美術品、フランス革命に関する作品や資料などの素晴らしいコレクションもあります。地下と2階には新しい展示室が作られ、それぞれ先史時代から16世紀までのコレクションと、19世紀のコレクションが展示されています。多少総花的とも言える収集の展示物ですが、ルテティアと言われていた頃のパリからの2000年を知ることができます。

美術館を出て東へものの3分で「ヴォージュ広場」に到着します。ここは美術館見学で疲れた脚を休めるのにはもって来いの場所で、広い中庭とアーケードが見事だからです。

この広場の歴史を語り始めれば余りに長くなるのでこれも他のネットサイトの解説に譲るとして、覚えておいてほしいのは、フランス人にとってフランスの歴史の中に現れる一番人気のある国王は、17世紀初頭宗教戦争を終結させたナントの王令で知られる国王アンリ4世だということです。宗教戦争後の荒廃しきったこの地区を高級住宅地として整備し始めます。その一環として計画されたのがヴォージュ広場でした。

広場は1605年に建造が始まり完成当初はロワイヤル広場(王宮広場)と呼ばれていて、当時「広場」と言えばこのヴォージュ広場を指しました。貴族たちの住むルネサンス様式の美しい館が周りを囲み、その下にあるアーケードには、現在カフェや高級ブティック、ギャラリーが並んでいます。広場、館、アーケード、その整然とした美しさと色合いは、これぞフランスの広場と思わせます。このように、マレ地区を歩いて一休みするには最適な場所と言えます。

さてマレ地区散歩の終盤です。ヴォージュ広場南側アーケード中央を出て左へ5分、マレ地区散歩の最後はバスチーユ広場です。フランス革命まではここには牢獄が建っていましたが、現在は広場中央には1830年に起こった7月革命を記念するオブジェが建てられそれが残っています。この場所も近年新オペラ座ができた頃から特にア・ラ・モードな場所になってきました。この場所の案内はまた別な機会に譲ります。

GK

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