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サヴォワ邸

建築を志す人や家具デザインに興味のある人ならコルビジェと言う建築家の名前を当然のごとく知っているはずだ。正式な呼び名は ル・コルビュジエ で、本名はシャルル=エデュアール・ジャンヌレと言う。1887年にスイスで生まれている。

ル・コルビュジエはペンネームである。芸術家が多才であるように、建築家も詩や文芸も絵画も手掛けてしまう。そこから彼の建築作品群はペンネームであるル・コルビュジエで知られるようなった。

「彼の業績は膨大だ。著作や建築思想、絵画や彫刻、都市計画、家具、どのテーマでも本が出ているし、これからも出るだろう。むろん伝記も面白い。スイス山岳地で美術学校の教員をしていた青年が、パリへ出て工場で働きつつ、しだいに革新的な建築思想を確かなものとし、実践し始める。幾多の無理解や妨害と戦い、やがては20世紀最大の建築家とされる業績を積み上げてゆく。まことに感動的な物語だ。」と、ル・コルビュジエのことを建築家・越後島研一氏は簡潔に記している。

 

さて私は建築は素人である。しかし建築物を見るのが好きだ。そして日本の名だたる建築家がまず一番に評価するのはル・コルビュジェであることをその昔知った。そのことからル・コルビュジエには大変興味があり彼に関する本を数多く読んだ。

仕事柄フランスに行く機会がしばしば有り、幸いフランスには彼が手掛けた建築物が数多く存在し、それらをできるだけ見てみようと、旅行の途中で寄り道をしたのである。

ところで私は昔パリに留学していたことがある。その当時フランス人の家庭で間借りをしていたのだが、間借り先を転々とした時期があり、その途中でパリの南端、ジュールダン通りのパリ国際学生都市の中の学生寮で暮らしたことがある。夏の間は学生もヴァカンスで居なくなるので学生寮が空いてしまう。そのため2か月間だけ外部に貸し出すのである。

私はその幾多の建物の中のスイス学生会館で暮らした。当時私にはこの建物が有名な建築家の設計によるものだとは人づてに聞いたが、それがル・コルビュジエだったということはその後知った。だから私はすでに彼の作品の中にいたのだった。なおこの建物は1932年に建てられたものだ。

こうしてパリ市内にも郊外にも他いくつか彼の作品である建築物はあるが、ル・コルビュジエの作品で一番評価が高いのは サヴォワ邸 だ。場所はポワッシーと言うパリ郊外の町で、RERの駅前は町の体をなしているが、少し離れれば庭のある家が並ぶ静かな町だ。サヴォワ邸までは徒歩で20分ほどかかるがバスも通っている。駅前にはタクシー乗り場もあるが、フランスの小さな街の常でタクシーはいつもいない。

サヴォワ邸はさして交通量の多くない道路に面している。そして垣根の向こうの広い庭の中にポツンとある。庭の中に一つだけ立っているというとそれは正確ではない。実は同時に小さな庭師小屋も彼が設計しおり、敷地の端の方に建っている。これも興味深いのだ。

ではル・コルビュジエの何が新しくて特徴的で、何が評価されているのか。それは “Les 5 points d’une architecture nouvelle” = 近代建築の五原則を生み出したからである。

(1) ピロティ (les pilotis) =地上階は柱  (2) 屋上庭園 (le toit-terrasse) (3) 自由な平面 (le plan libre) (4) 水平連続窓 (la fenêtre en bandeau) (5) 自由なファサード (la façade libre) =建物正面

何のことはない、簡単に言えば現代のビルディングを見るとわかるが、鉄骨にガラスを嵌め込んだ建物の基本がそうであるとも言える。しかし当時とすれば斬新だった。そのころ、サヴォワ邸はその一例だが、白い箱型の家、と言うのはすでにいくつかあったが、それまで建物を構造的に支える役割は壁で、分厚く重い。そこで鉄やコンクリートの柱と梁で全体を支え、その外側を構造的役割のない、軽く薄い壁で包み込むことにした。この建築方法がドミノと言われるもので、これによって「白い箱型」の家を造る。それがサヴォワ邸で結実したのである。もっとも時代的要請もあったとされる。それは第一次世界大戦の後、緊急に住宅を建てねばならないための一つの方策でもあった。なおサヴォワ邸が完成したのは1931年である。

このサヴォワ邸はパリに住む銀行員の郊外の別荘だった。平日に暮らす家なら使いやすく飽きが来ない普通の家がいい。しかし週末の気分転換が目的なら大胆な空間も受け入れることができる。たしかにサヴォワ邸からほんの少し北へ歩けばセーヌ河が流れている。それも蛇行を繰り返す川の南の底辺にあり、ただ真っすぐ流れる川ではなくて、大きくカーブを描く川を見晴らせるのだ。そして当時はまだ森がしっかり残っていたから、セーヌへの道の散歩は楽しくて気分転換になったに違いない。

ところでサヴォワ邸はサヴォワ氏一家が住み始めて数日後には雨漏りで床に水たまりができたそうだ。箱型の家でも軒や庇などの突出物があれば雨の侵入を防ぐが、屋上は平坦なこともあり防ぐことはできなかったのだろう。その後修理がなされたのはもちろんである。

なおここでサヴォワ邸の優れた部分をもう一度見ておこう。ピロティ(柱)が地上階に剥き出しなので開放的であり、背後まで容易に見渡せる。だから背後から見ても横から見ても空中の箱と言う効果が明瞭だ。それから水平連続窓は閉鎖的な箱ではなくて開放的にさせる。そしてこの住宅の意義は「空中で完結する幾何学立法体の中で暮らす」と言う実験的で実に斬新なものだったのだ。

このようにあれこれはあるが、やはり実際に訪れてみれば、得られる体験は予想以上に豊かであることは事実だ。なお余談ながら私はサヴォワ邸が好きで3度も訪れている。

1964年、アンドレ・マルロー文化大臣はサヴォワ邸を民間建築モニュメントに指定し。歴史遺産として認定され、2016年7月、サヴォワ邸を含めてル・コルビュジェの建築物はユネスコの世界文化遺産に登録された。

GK

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