パリにある数多くの美術館の中では派手な美術館ではないけれど、フランスの歴史を知る上ではとても興味深い美術館なのでこれまでにも何回か訪れたのです。場所は、メトロの駅 Saint Michel で降りて少し南に歩くか、最寄り駅の Cluny La Sorbonne で降りるとすぐ目の前にあります。
私が特に好きな展示物は有名な6枚の連作タピスリ(タペストリー)『貴婦人と一角獣』で、15世紀末パリでデザインされ、フランドルで織られたこのタピスリは、すべて千花模様(ミルフルール)を背景に貴婦人と一角獣が描かれていて、美しくて見方によってはカワイイのです。
すでに600年を越えて残ったタピスリなので色が褪せて来ているけれどそもそもその色合いがよく、タピスリの制作者によって一角獣の顔つきが違うが、それらを見比べているだけでも楽しいのです。
そしてもう一つ有名なものは、パリがルテティアと呼ばれていた前3世紀末から後5世紀後半までのローマによるガリア支配の時期(ガロ・ロマン時代)の浴場があることです。
ローマ人は植民地として支配する場所には必ず円形闘技場と浴場をセットで造りました。円形闘技場はここから少し南に行くとその跡が残っていて、浴場はこの美術館内にあります。
このクリュニー中世史美術館のクリュニーと言う名称は、10世紀の初めブルゴーニュに始まるベネティクト派のクリュニー修道院を拠点とする修道会がパリのこの地に分院を置いたことが始まりです。
クリュニー美術館を見学し終わって、セーヌ河方面に歩くとすぐノートルダム寺院があり、南に歩けばパンテオン、その正面の坂を西に下りてくるとリュクサンブール公園。東に歩けばムフタール街。パリ5区と6区にまたがるカルチェ・ラタンを歩くその中心がクリュニー中世史美術館と言えます。
パリは右岸と左岸ではその表情が違います。セーヌ河の中州、現在のシテ島辺りが発祥の地ですが、その後セーヌ河の南側、つまり左岸に人が集まり村を造るようになったので、ローマ人、つまりラテン人の町が出来ました。 その歴史が感じられる地区、カルチェ・ラタンを私はいつも歩くようにしています。